初めて白馬でパウダーを滑った時の感覚は、今でも鮮明に覚えています。
滑ったと言っても、当時の私は全然スキルもなかったので、スピードとかラインとか、どれだけきれいに滑り降りられたかではありません。
覚えているのは、雪の感覚です。パウダーが、それまで経験してきたスノーボードとは全然違ったということ。その静けさと柔らかさ。単なるスポーツじゃない、何ともいえない気持ちよさ。
この瞬間が全てを変えることになるとは、当時は想像もつかなかったと思います。

山は景色にすぎなかった
私は田舎で育ったので、自然は割と近くにありました。
山も行こうと思えばすぐ行ける距離にありました。
でも、週末に家族で車に乗り込んで山登りをするとか、そんな家庭で育ったわけではありません。
私にとって山は「景色」の一部であり、ただ眺めて綺麗だなと思うだけでした。
初めてスノーボードをした時も、何も変わりませんでした。
大学1年のとき、友達に連れられて地元から一番近いリゾートに行きました——みんなが行くから、楽しそうだから、そんな理由で。
全然うまく滑れないし、転んでばっかりで、寒いのも苦痛でした。
しまいには頭を打って、その日は切り上げることにしました。大したことはありませんでしたが、頭痛のせいで残りの旅が台無しになりました。
その後も何度かスノーボードをする機会がありましたが、友達に誘われたから行っただけで、特にハマったりすることはありませんでした。
嫌いだったわけでもありませんが、自分に向いているとは思いませんでした。

白馬が変えたもの
数年後、東京に引っ越してから、白馬へ行く機会がありました。
当時勤めていた会社の仕事で、スキー場でイベントを実施することになり、その場でプロのスノーボーダーたちとも出会うことができました(今考えるとかなりラッキーだったと思います)。
着いて早々、「何本か滑りに行こう」と言う人たちに私もついていくことにしました。この時は、コンディションが自分の知っているものとどう違うかも知らず…。
当時私は自分の板すら持っていなかったので、現地のショップでパウダーボードを借りていきました。
向かったのは、黒コース。幅は広かったですが、少なくとも50cmのパウダー。パウダーがどういうものか、当時の私は経験どころか、ほとんど聞いたこともありませんでした。
まだエッジのコントロールもできてないのに、経験者が迷わず入るようなコースに、ためらいつつも思い切って入りました。
案の定、滑り出してすぐ、ターンしようして転びました。
深いパウダーの中に埋まり、全身が雪に覆われて、外れたゴーグルの中は雪がびっしり。
それを見ていた一人のスノーボーダーが駆け寄ってきて、雪から引っ張り出してくれました。そして「このゴーグル使ってみて。世界変わるよ!」と言って、自分のゴーグルを私の頭につけてくれました。
それが最初に学んだこと——ちゃんとしたゴーグルを買うべし。
そして次に教えてくれたのは「これはいい板だから、信じてずっと目線を先にして、真っ直ぐ滑るだけでいい」ということ。私は立ち上がり、その言葉を信じて、斜面を下りました。
その瞬間が、私の人生を変えました。
これまで出したことのないスピードに少し怖さもあったものの、同時に、信じられないくらい高揚していました。
パウダーは、それまでのスノーボードの感覚と全く違いました——深くて、軽くて、重力を忘れるような感触。
東京に戻って、すぐに次の予定を立て始めました。
東京の冬と山通い
振り返ると、あの時は本当にスノーボードにハマっていたんだと思います。
当時は東京でフルタイム以上の仕事をしていました——終電で帰ることも珍しくなく、週末も仕事に追われることがあるような、まさにブラック企業と呼ばれるような職場でした。
それでも、雪が良い週末には夜行バスに乗って山へ向かっていました。
夜に東京を出て、バスの中で眠り、リフトが動く直前にゲレンデへ着いて、一日中滑って、また夜行バスで帰る。
月曜の朝、足に残る疲労感を感じながら出勤する。
今ではとてもじゃないけど、考えられません。
体は疲れていたけど、心は元気になれました。
その時間だけが、完全に自分のものだった気がしたから。

冬山から夏山へ
どんなシーズンも、いつか終わりがきます。
雪が溶けはじめると、喪失感で落ち着かない気持ちになりました。
そこで、ハイキングを始めました。
最初は実用的な理由からでした——雪の下の地形を理解したい、バックカントリーに備えたい、スノーボードだけでは鍛えられない体力をつけたい。でも気づいたら、それ以上のものになっていました。
ハイキングでは、同じ山でも見える景色が違いました。
冬は雪で覆われていた山肌が、夏には表情を変えて、いろんなものを見せてくれます。
標高によって咲く花が違うこと。ツリーラインを越えたときの空気。岩の形も、尾根の走り方も、谷の刻まれ方も、山ごとにまったく違うから、同じ景色は二つとありません。
そして、山頂に立ったときの達成感は、そこまでの苦労を倍以上に満たしてくれました。
より高い山へ登るにつれ、次に登りたい山がどんどん増えていきました。
東京からは週末の山行を計画しやすく、いつの間にかハイキングが夏の習慣になっていました。

どこにいても、山を探していた
スノーボードとハイキングが本当に自分のものになってきた頃、香港へ移りました。
主にキャリアのためで、当時の仕事にも区切りをつけたかった。
日本まで飛行機で4時間だからいつでも帰れるし、寂しくなんてならないだろう、と思っていました。
そして意外にも、香港ではかなりハイキングを楽しみました。
あんなに小さくて密度の高い都市に、これほど多くのトレイルがあるとは思っていませんでした。
1〜2時間あれば、都市の喧騒から抜け出して、ハイキングルートにたどり着きます。
見渡しの良い丘の上へ続くルートもあれば、静かで綺麗なビーチへと続くルートもあります。
天気が許す限り、ほぼ毎週末ハイキングに出かけました。
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そして冬になればまた白馬へ。それが毎年の流れでした。
数年後、コロナ禍となり、状況が変わりました。
身の回りでの変化もあり、それが最終的に住む場所だけでなく、自分の生き方そのものを見直すきっかけになりました。
その後ヨーロッパへ移り、フリーランスになってからは、いつどこへ行くかを自分で決められる自由が生まれました。
アルプスだけでなく、ヨーロッパ全土に広がる山とトレイルの多様さは、私の興味をさらに広げてくれました。
それまでは1日で上り下りできる短時間のハイキングばかりでしたが、複数日かけて山小屋に泊まって縦走したり、テントを背負っての長距離ハイキングに挑戦したりするようになり、スノーボードもゲレンデからフリーライディングやバックカントリーを始めるようになりました。
こうして徐々に山との関わり方が深くなっていきました。
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いつのまにか自分を支える存在に
白馬でのあの瞬間を、今でも時々思い出します。
夜行バスを降りて、ブーツに足を入れて、ゲレンデへ向かう——そうして知らぬ間に人生の優先順位が変わっていった、あの時のことを。
ただ、そこの雪が違うと感じただけで、まだ自分が山中心の人間になっていくとは思っていませんでした。
山は、ずっと変わらずそこにありました。
私が見つける前も、これからも。
変わったのは私の方です——何を大切にするか、何に動されるか、辛いときに何に手を伸ばすか。
山はその長い道のりの中で、ずっと私を支えてくれました。
どんなに浮き沈みがあっても、山に戻ればいつでも自分に帰れる気がしました。
エネルギーをもらい、好奇心を保ち、自分が何者で、どこへ向かっているのかをそっと思い出させてくれました。
気づかないうちに、山は私の人生の大切な一部になっていました。
そしてこれからもずっと、そうだといいなと思います。
あなたにとって「山が好きになった瞬間」や「旅の原点」はありますか?コメントで教えてもらえたら嬉しいです。

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